前回低気圧の頭痛 でお話した五苓散について、今日は詳しくお伝えしたいと思います。
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五苓散は漢方の原典である『傷寒論』、『金匱要略』に記載されている処方です。
傷寒論とは?
『傷寒論』には急性熱性疾患(現代でいう風邪やインフルエンザなど)の発症から経過と治療法が記されています。
記載されている症候の内、熱性疾患特有のもの(発熱、発汗など)を省いて考えると慢性疾患にも応用できることが経験的に知られています。
病邪が表から裏へ侵攻していく過程を6つのステージに分け(六病位:太陽病→少陽病→陽明病→太陰病→少陰病→厥陰病)それぞれの病期の病態と、適応処方を記しています。
後で述べる太陽病とはこの6つのステージの一番最初の病気が始まるところで、病邪が浅い場所にあり身体症状として悪寒や発熱、頭痛や項背部の凝りや関節痛などがみられます。まさに風邪の初期症状ですね!
五苓散は水分代謝を活性化することができる
さて、五苓散ですが
猪苓 沢瀉 白朮 茯苓 桂枝 の5つの生薬から成り立ちます。
それぞれの生薬の働きとして、
猪苓、沢瀉、茯苓は水を巡らせ利尿の働きがあります。
白朮は脾胃を補気し、水の運化作用を助ける事で水の停滞を防ぎます。桂枝は冷えから生じた陽気のめぐりにくくなったもの(表熱)を去り、陽気を通じて水をめぐらせ猪苓、沢瀉、茯苓、白朮の利水作用を助けるものです。
全身の津液(水分)代謝を活性化させることが出来るといえます。
西洋医学の利尿薬との違いは強制的に水を排泄させるわけではなく、身体の中の水のムラをなくし、過剰に水がある時にはその水を排泄させ不足している場合には水を保持するように働きます。このことから、津液の偏在がある病態に適していると言えます。
傷寒論の中から条文をひとつあげてみてみましょう。
太陽病 71条
【太陽病、発汗の後、大汗出で、胃中乾き、煩躁(はんそう)して、眠ることを得ず、水を飲まんことを得んと欲する者は、少少与えて之を飲ましめ、胃気をして和せしむれば則ち癒ゆ。若し脈浮に、小便利せず、微熱し、消渇(しょうかつ)する者は、五苓散之を主る。若し浮、小便利せず、微熱、消渇の者は五苓散これを主る】
とあるのですが、
これは太陽病に汗をかかせることで邪を追いやったが、発汗させすぎた結果津液を損傷しそのため胃中が乾燥して煩躁して眠れず、水を飲むことを欲するものにはただ水を少しずつあたえて、胃の機能 を調和してやるだけで、自然に治って眠れるようになる。もし発汗後、脈が浮で小便不利 と微熱があり、口渇のはげしいものは、表に邪が残存し、裏には水飲が停滞しているから、 表邪を散ずると同時に、裏の水をさばく必要がある。これが五苓散の主冶である、という。
前半は汗が出すぎた事で乾燥してしまい、少しずつ水を飲ませてやれば徐々に胃の正常な働きも回復するから特別に薬を用いる必要はない、
後半は脈が浮という事は発汗させてもまだ太陽経の邪が残っており、太陽経脈の腑である膀胱の気化作用の働きが傷害されていることを読み取ります。
気化作用とは水を蒸騰して上に運び上げたり、不用の水を尿として下に排泄したりする事です。
邪によって膀胱の気化作用が失調すると、水が下に排泄できなくなるので尿不利となり、上に蒸騰しないので強い口渇感を感じるのです。しかもこの口渇は膀胱の気化不利により水が正常巡らないために生じているので、単に胃の中が乾燥した場合と異なりいくら水を飲んでも水がどこかに消えて解消しません。これを“消渴”といいます。
そしてこのような尿不利・煩渴を治すことが出来る処方が五苓散なのです。
解表利水し、胃も正常に働くようになり水分代謝を正常化するので、水は上下に巡り、小便は正常に排泄され、口渇も自然になくなるのです。
五苓散の使用目標としては原典からもわかるように 口渇、尿不利 です。
のどが渇いて水をたくさん飲むのだけれど尿がその割に出ないという場合ですね。
五苓散の効能は?
『傷寒論』では急性疾患に対する応用が書かれていますが、慢性疾患に用いることもあります。
この間お話した低気圧の頭痛のように水の偏在による症状に用いられます。
例えばめまい、立ちくらみ、 頭重感、乗り物酔い、悪心、下痢、浮腫などですが、舌に歯型がつく「舌歯痕」は 特徴的な所見です。これも以前お話しましたね。
また、女性は高温期にはホルモンの影響で水を貯めこみやすくなり、水の偏在をきたし、尿や便の出が悪くなりむくみやすくなったり頭痛が出たりする人はいませんか?こうした場合の頭痛にも五苓散が使えるのです。
月経不順や月経困難症などの月経のトラブルがあり、上記のような水の問題がある女性には当帰芍薬散を用いますが、この当帰芍薬散にも五苓散の成分のうち、澤潟、白朮、茯苓が入っているのです。
薬剤師 堀越歩美