古典に見る水と血の関係性
臨床の中で浮腫みや下肢静脈瘤、舌をみると湿濁や湿熱をかかえており、腹は腹満を伴って閉経や卵巣嚢腫などの婦人科疾患で来られる患者さんを見ます。気分の水の問題がどのようにして血分の血の問題に関係して行くのか、古典や参考書を調べてみました。
金匱要略・水気病脉証治20条
師日、寸口脈沈而遅、沈則為水、遅則為寒。寒水相搏、趺陽脈伏、水穀不化、脾気衰則驚溏、胃気衰則身腫。
少陽脈卑、少陰脈細、男子則小便不利、婦人則経水不通。経為血、血不利則為水。名日血分。
【師日く、寸口の脈沈にして遅、沈は則ち水となし、遅は則ち寒となす。寒と水と相搏ち、趺陽の脈伏し、水穀化せず、脾気衰えれば則ち驚溏し、胃気衰えれば則ち身腫る。少陽の脈卑く、少陰の脈細なれば、男子は則ち小便利せず、婦人は則ち経水通ぜず。経は血となし、血利せざれば則ち水となる。名ずけて血分と言う。】
寸口の脈沈遅は金匱要略・水気病の1条に(正水其脈沈遅、外証自喘。石水其脈自沈、外証腹満不喘。)とあり、
正水は腎陽不足によって水気が停滞する為に脈象は沈遅を表すとも説明されており、19条のこの条文においても、この寸口の沈遅の脈は陽気が寒水に阻まれたもので、また趺陽の脈が伏しているのは脾胃の衰弱を表し、
脾胃の昇降不利は水穀を停滞させ大便は驚溏状で、水飲が肌層に侵入して水腫になる。少陽の脈卑くは、三焦の機能の失常を表し、少陰の脈細は腎虚血虚を表す。よって三焦機能失常と腎虚血虚であれば男性では三焦機能失常として小便不利せずが表れるが、女性の場合は経水通ぜずと説明されおり、陽気が不足して寒飲と伴に血が冷えて凝結し婦人では閉経に至る事を説明している。霊枢・動腧篇に(衝脈は十二経の海なり、少陰の大絡と腎下より起る。)とあり、また奏天一は(衝脈は月経の本である。ところで血気は水穀から化生されるので水穀が盛んであれば血気もまた盛んであり、水穀が衰えれば血気もまた衰える。そして水穀の海は陽明にある。したがって衝脈の血は陽明水穀から化生され、陽明胃気は衝脈の源である。)として葉天使は(衝任血海はみな陽明が主る)と説明している。
金匱要略・水気病脉証治
師日、寸口脈沈而数、数則為出、沈則為入、出則為陽実、入則為陰結。趺陽脈微而弦、微則無胃気、弦則不得息。少陰脈沈而滑、沈則為左裏、滑則為沈滑相搏、血結胞門、其瘕不写、経絡不通。名日血分。
【師曰く、寸口の脈沈にして数、数は則ち出となし、沈は則ち入となし、出は則ち陽実をなし、入は則ち陰結をなす。趺陽の脈微にして弦、微は則ち胃気なく、弦は則ち息するを得ず。少陰の脈沈にして滑、沈は則ち裏にあるとなし、滑は則ち沈滑相搏つとなし、血は胞門に結し、その瘕写せず、経絡通ぜず。名ずけて血分と言う。】
寸口の脈沈数は陽実陰結を表しているとし、趺陽の脈微は胃気がなく弦は肝血凝結による気滞を表し、これにより息するを得ずとなっている。少陰の脈沈は裏に陰邪があり滑脈は実邪の存在を意味し、少陰腎と膀胱の部に見られ血が胞門に凝結して流通しなくなることを示している。前の条文の結は血気虚少と流通障害による湿壅血渋に属し、本条分の結は陰陽壅鬱による流通障害に属すし、前の条文は血分の虚証を本条文は血分の実証を論じている。本条文の血分の実証の治方として黄維翰は金匱要略・婦人雑病脈証治の(婦人の少腹満ちて、敦状のごとく、小便微かに難くして、渇せず、生後の者は、これ水と血と俱に結んで血室に在るとなすなり。大黄甘遂湯これを主る)の条文を参考にするよう説明している。
金匱要略・水気病脉証治
問日、病有血分、水分、何也。師曰、経水前断、後病水、名曰血分、此病難治。先病水、後経水断、名曰水分、此病易治。何以故。去水、其経自下。
【問うて曰く、病に血分と水分あるは、何ぞや。師曰く、経水前に断ち、後に水の病なるは、名ずけて血分といい、この病治し難し。先に水の病ありて、後に経水断つは、名づけて水分といい、この病治し易し。何を以っての故か。水去らば、其の経自ら下る。】
血分とは月経が先に止まって、その後に水腫が表れる疾患であり、血に起因する水病であり、血分にまで内陷した問題は流通の改善が難しく比較的難治であり、水分とは水病が根本的原因でそれが血に及んだものであり、水病は病位が浅く祛去しやすく、治療は比較的容易である事を説明している。
血分と水分の治方として張路玉は医通に婦人が経水まず断ち、後に四肢浮腫、小便不通、通身みな腫するに至る。これは血化して水となる、名ずけて血分と日う。この病は七情内傷し脾胃は虚損し統摂できずになる。最も治しがたしとする。日に帰脾湯を用い、椒仁丸を下せ。薬は峻厲なりと雖も数日にして当に効すべし。おそれて用いざる時は病を養い身を害するの患あり。 もし先ず小便利せず、後に身面が浮腫し、経水が調わざるに至るものは、血が水のために敗れるなり。名ずけて水分と日う。帰脾湯を用い葶藶丸七丸を送れと説明している。
椒仁丸:椒仁・甘遂・続随子・附子・郁李仁・黒牽牛・五霊脂・当帰・呉茱萸・延胡索・芫花・蚖青・胆礬・白砒・石膏
葶藶丸:甜葶藶・続随子・乾筍子・紅棗肉の四味
血分に使われる椒仁丸の内容を見てみると甘遂や続随子・牽牛子・芫花の峻下逐水薬が使われている事に納得するものがあります。
逐水祛痰薬と言えば甘遂が使われる熱実結胸の大陷胸湯など腸道が突然閉塞して腸結不通と腸液貯留が同時に生じ、腸道の閉塞した汚れを取るのに甘遂と瀉下に大黄(活血)と芒硝が使われている事を連想します。また金匱要略・婦人雑病脈証治の(婦人の少腹満ちて、敦状のごとく、小便微かに難くして、渇せず、生後の者は、これ水と血と俱に結んで血室に在るとなすなり。大黄甘遂湯これを主る)の大黄甘遂湯の下血の大黄と逐水の甘遂に補虚の阿膠の処方構成になっています。これらに習ってか天津南医院では甘遂通結湯や莱朴通結湯など逐水通下に行気祛瘀が合わさっている処方構成が見受けられます。
甘遂通結湯:甘遂・桃仁・赤芍・牛膝・厚朴・大黄・木香 行気祛瘀・逐水通下
萊朴通結湯:萊菔子・厚朴・牽牛子・大黄・甘遂 行気逐水・通下
実際の臨床の多岐に渡る症状に例えば強度の腹満が見られ逐水薬を使いたい場合でも、黄耆など大量に加味したとしても甘遂などの峻下逐水剤はなかなか使いずらくいですが、実際には補気剤を大量に加味しながらの運用になります。
薬剤師 渡邉太郎