「あれれ?何を取りにここに来たんだったっけ?」と、元いた場所に戻って、そうだそうだと思い出す。
顔は浮かんでいるのに名前が出てこない。
思い出すまではモヤモヤし、イライラもしてしまいます。
その回数が増えてくると、不安にも覚えてきます。
脳の老化の最初に現れる症状が記憶力の低下、物忘れといわれています。
中医学では脳は「奇恒の腑」といわれるものの1つです。
「奇恒の腑」は、脳・髄・骨・脈・胆・女子胞を総称したもので、奇恒とは普通とは異なるという意味です。
形態上は中腔器官の腑によく似ていますが、機能面では、飲食物の消化や排泄物の通り道というわけではなく、精気を貯蔵する臓に似ており、通常の臓と腑にみられる表裏関係にないことから、通常の臓腑とは異なるものとして位置付けられています。
脳・髄・骨はいずれも腎精から産出されます。腎精は五臓六腑から腎にあつめられた精により形成されたもの。
その腎精を原料として髄(脊髄、骨髄)を生じ、脊柱を通って頭蓋に注がれることにより脳が形成されます。川に例えられる経脈が流れ込む場所である海という意味で古典書では「脳は髄海たり」と表現しています。
したがって、腎精が充ちていると、脳髄は充盈し、精力が充実して記憶力も確かです。 腎精が虚損すると髄海を充たすはずの髄が枯渇するため脳が空虚になり記憶力の減退が現れます。
つまり記憶力を維持するには十分な髄を確保し髄海を充たすことです。 さらに脳の活性化につなげるには良質の髄を生み出すための腎精をしっかりと用意することが必要です。
腎精には“先天の精”と“後天の精”と言われる2種類があります。
先天の精は親から受け継いだ生まれついての生命力。
後天の精は飲食物を消化吸収して得られるさまざまな栄養物質、老廃物の大小便からの排泄、呼吸による酸素の取り込みと二酸化炭素排出のガス交換、このような生命活動の中から作り出されてくるエネルギー。
この2種類が一体化して最終的に腎に蓄積されたものが腎精です。
後天の精はきちんと養生することで補強や補充が可能なものです。
養生とは、生命を養うために摂生すること。食事、睡眠、性生活、嗜好品、など生活習慣に養生を取り入れることが、気の十分な生産とスムーズな流れをつくり出すための大切な基本です。
「細かいことは気にせず、あくせくせず、腹八分目」これが健康の秘訣、はたまた脳を若々しく保つ秘訣‼
年齢による物忘れを感じたらまず養生で腎精を補充、脳トレなどで補強、これを意識して脳の老化を食い止めたいものです。
それでも思い悩むことが多く動悸がして落ち着かないことが多いと心を損傷、飲食の不節性で脾を損傷。⇒心脾両虚で頭を栄養できない状態。
それは気血の生成と血の循環は心と脾が協調して行うために心の損傷は脾に、脾の損傷は心に影響しやすくなっているのです。
随伴して、動悸、精神不安、精神疲労、よく夢を見る、不眠、易疲労、無力感、などの症状が見られたら、養心補脾し、益髄健脳の必要があります。
代表処方に「帰脾湯」があります。
基本的には五臓六腑すべてが正常に機能するために、気・血・水(津液)が充分にあることが必要です。そして健やかなからだの流れのためにこの3つが協調しながらバランスよく維持されることが理想です。
“気”はからだを動かすエネルギー、全身を素早くそしてくまなく運行しています。けれども、ケガや病変、大きな感情の変化によって流れが滞ることがあります。この状態を気滞といいます。気滞が胸部に起こると胸苦しさや胸脇部の痛み、腹部では腹満・腹痛があらわれます。その他、胃炎、腸炎、月経困難にも気滞によるものがあります。
“血”はからだを栄養する血液としてサラサラと流れるもの。
しかし打撲や疾病によって流れが局所的に停滞してしまうと瘀血という状態になります。長期にわたるストレスや突然の精神的刺激などによって肝気欝結となり、気滞から瘀血となったり、外傷によって生じた瘀血が頭部の経絡を阻滞、あるいは気血がめぐらないことで心神が栄養を受けられないために健忘につながることがあります。
“水(津液)”はからだを滋養する水分。皮膚の保湿や精・髄の補充をします。目で確認できるものでは汗や涙もそうです。
この水分の流れが阻害され滞ると痰飲ができてしまいます。 痰は粘稠であり飲はサラッと稀薄なもの。
痰飲はいろいろな部位で発生し、部位によって症状もさまざまです。
肺で発生すると、咳と痰が多くなり呼吸の乱れにつながります。
心で発生すると、持続する動悸、心の「神を主る」の機能が障害されると意識不明やうわごとなどの昏睡状態が現れることもあります。虚血性脳障害なども該当するといわれています。
脾で発生すると、吐き気・嘔吐、胸やけ胃腸が張ってゴロゴロするなど。
肝で発生すると、めまいや中風、癇症など。 腎で発生すると、腰痛、四肢の冷え痛みなど。
頭部で発生すると、頭痛・頭重、帽子を被っているように鬱陶しいなど。
他にも、起床時のむくみ、手足の強ばりなど痰飲の引き起こす症状は多岐にわたります。
健忘の症状がより深刻になり始めたら、気滞・瘀血・痰飲への対応が必要になります。これらは単体であらわれるよりも、絡み合ってあらわれることが多いためこのような状態下での健忘には随伴する症状も合わせて漢方処方を考えることになります。
若々しい脳のためにはまずは髄の質・量の確保とからだの流れを意識すること、そして脳に清らかな気が巡るようにして、濁った気を取りに除くことが大切です。
薬剤師 林あかね